日本語 / English / 中国语

ホーム > 60年の歴史(目次) > 第3章「第1節 経営基盤の確立と経営の近代化」不況知らずの花形産業“型屋”

60年の歴史 第3章

第1節 経営基盤の確立と経営の近代化

不況知らずの花形産業“型屋”

木型部門

二度にわたるオイルショックは、わが国の高度経済成長の終焉を告げるとともに、省エネ、省資源型の技術開発を促し、日本の産業構造をそれまでの鉄鋼、石油化学などを中心とした重化学工業主導から電機、自動車などの高度組立産業主導に転換する一つのインパクトになった。産業界ではユーザーニーズを積極的に掘り起こすような製品開発に力を注ぐ一方、競争力強化を図るためのコストダウン、品質向上が推し進められた。この方策として、IC(Integrated Circuit)が、鉄鋼に代わって産業のコメと言われるようになり、NC(Numerical Control)工作機械、産業用ロボットのほか、各種自動化機械の生産現場への投入が積極的に進められ、高生産性、高品質を実現するFMS(Flexible ManufacturingSystem)が注目された。国内の工作機械の大口需要産業である自動車、電機が、省エネ、小型化の世界的な構造変化に適合して大きく海外に躍進した。とくに、自動車メーカーは、燃費効率の高い小型車でアメリカ市場に食い込み、急速にシェアを伸ばして活発な設備投資に動き始めた。小松製作所をはじめとする産業機械も省エネルギー型機器の開発、産業用ロボット、油圧ショベル、エンジンの制御にメカトロニクスを駆使するなど、次々と革新的な技術を製品に織り込んで急速に海外市場を確保していった。

工場内

こうした機械産業の動きに当社の仕事量は増える一方だった。第11期(1976年1月1日〜12月31日)の総売上高は約1億767万円と、初めて1億円を突破した。このころから金型は、「ベンツを見たら医者か弁護士か型屋と思え」と言われるほどの花形産業になっていく。好況期には量産のために金型の需要が増し、不況期でも新製品の開発や頻繁なモデルチェンジで需要を喚起する自動車産業などで、金型の需要はほとんど浮き沈みなく拡大路線をたどり、「不況知らず」とまで言われるようになった。

お気軽にお問い合わせください。

お電話でのお問い合わせ  076-625-1715  受付時間 月〜金9:00〜17:30  メールでのお問い合わせメールでのお問い合わせはこちら